【奥河内のチカラ】第8回社会福祉法人ぬくもり理事長鬼頭大助氏

ほっこり温かな年輪と支援の輪をモチーフに「ぬくもり」と書かれた送迎車。河内長野市内でよく見かけられ、障がい者(児)のデイサービスやグループホームなどのサポート事業を展開するNPO法人・社会福祉法人・ぬくもり。「地域で豊かな暮らしを、誰にとっても生きやすい社会を」をモットーに、事業の主体である障がい者(児)サポートだけはなく、働き手の環境づくりが「グッドキャリア企業アワード2016」のイノベーション賞として評価された。今回は理事長の鬼頭大助さんに、ご自身が目指す「ぬくもりあふれるまちづくり」についてお話をおうかがいした。

 

写真A

西中学校のテニスコートにて

 

編集部:「グッドキャリア企業アワード2016」の受賞おめでとうございます。河内長野の法人が、日本の名だたる企業に並んでの受賞すごいですね。

 

鬼頭氏:ありがとうございます。この賞は厚生労働省が「みんなに働いてほしいから、会社側も環境を整えていってね」という想いで、社員を育てる企業を表彰しています。法人では「正規・非正規を問わないキャリア形成」を評価していただきました。職員のライフスタイルに応じた働き方を選択できる「正職員転換制度」「短時間正職員制度」などの雇用形態の整備。正規・非正規関わらず共に学ぶ研修機会の保障。また外部のキャリアコンサルタントと連携した相談体制の整備など、職員自身が学び相談しながら安心して働ける環境づくりがポイントだったようです。

 

編集部:NPO法人では初受賞だったそうですね。

 

鬼頭氏:はい、とても驚いています。僕の人生で出会って学んだことを法人のシステムに投影しただけなんで。

 

写真B授賞式

「グッドキャリア企業アワード2016」受賞式

 

編集部:鬼頭さんは河内長野育ちと聞きましたが。

 

鬼頭氏:高向小学校、西中学校から、長野高校へ進み、ずっと長野で暮らしています。中学校の頃は、ここ西中のグランドでソフトテニス部に一生懸命で()府大会に進んで勝ち上がることを目指していました。高校生の時、体育の先生が日体大出身だったこともあり、団体競技で「エッサッサ」を実演したんですが、最初はあまり声のでていなかった男子学生たちが、当日は見事に一体になって、やりきった後に全員で先生を胴上げしたんです。それがただただ感動で、体育の教師を目指しましたが難しく、目標を見失ったまま大学へと進んでサラリーマンになったんです。

 

編集部:福祉との出会いはまだなかったんですね。

 

鬼頭氏:はい、大学時代もほんと何をするわけでもなく、たまたまハマったのが自転車での旅行です。就職してからは、ノルマのキツイ世界で。20代後半には、「僕はこれでいいのか」と考え始めた頃、友達に誘われて障がい福祉の現場へボランティアに行ったんです。そこにモノが介在せずに、あるのは人と人とのつながりだけ。思わず「ここの仕事の目指す本分て何なんですか?」と聞くと「目の前にいる利用者さんの幸せを考え続けることが仕事だよ、そしてその環境を作ることかな」。その答えが僕の心に響いて、「福祉をやりたい!」と会社を辞めて、28歳で福祉専門学校に進みました。学生をしながら、好きな旅行の介助ボランティアグループを、2000年に立ち上げたんです。国内外かかわらず、日帰りから1週間でも、医療的ケア以外の旅のお手伝いをしながら、いろんなところへ行きました。

 

編集部:需要はありましたか?

 

鬼頭氏:めちゃくちゃ多かったですよ。当時90年代は、バリアフリーという言葉がようやく出だした頃で、障がいを持たれた方のゆったりとしたツアーはなく、一般のツアーは安ければ安いほどタイト。バスを降りて、乗るだけでも時間がかかってしまう障がいを持つ方や高齢の方は、「迷惑をかけるので、もういいです。ここからみときます」とバスから降りられない。だけど、ある旅行会社の課長さんが「日頃、外出が難しい方こそ、旅に行くべき!」と、施設や保険、マンパワーなどのリスクを踏まえて、ツアーを組んでいたんです。そんななか、僕が同行した旅行で、進行性筋ジストロフィーの男性と母親と出会ったんです。最終的には心臓の筋肉が止まってしまう難病を抱えるその男性は、「海外旅行はここが2回目なんです。次はあそこへ行きたい」と意気揚々と話してくれたんです。、お母さんに聞くと、その方は何年も引きこもって、死について考える日々が続いていた。「それではあかんやろ」って、むりくり引っ張りだしたのが1回目。「でもすごく楽しかった」と、ちょっと前まで死ぬことしか考えてなかった人が「次に行きたい場所を考えだしたんです」と。僕は「旅行=非日常な生活」が人間にとって心を潤わす大切なことなんやな。まだまだ地域には、心身共に日常的な外出も困難な方がいるはず、まずはその人の家に行き話すだけ、その次は近所に一緒に出掛け、その次は、その次は…そして最後には旅行まで行けるようにサポートしたい!と思ったのが「ぬくもり」の原点なんです。

 

写真C旅行介助

「旅のボランティアグループぬくもり」で旅行介助を経験

 

編集部:障がいを持たれてる方の毎日に着目するということでしょうか。

 

鬼頭氏:そうです。非日常につなげていきたい。でも当時、そういった活動で生計をたてているところがほぼなかったんです。そんななか専門学生の二年目の冬、名古屋の障がい者団体でのツアーに同行した際に、私と同じボランティアでツアーに参加していた看護師の男性と出会い、まさにその方が「外出支援」の事業をされていました。1週間くらい泊まり込みで勉強させてもらった最終日「すぐに始めても難しいよ、もっといろんな障がいを持っている方と出会って、勉強して、いろんな経験を積みなさい」とその方が言われました。帰ってきて、ご縁のあった知的障害者入所施設で働き始めました。配属先は軽度知的障がい者の生活棟でした。働き始めた当初、僕は悩んでいました。まず、知的障がい者の方との関わりが初めてで、自分の思いを言葉でうまく表現することが苦手な彼らのニーズ把握やコミュニケーション方法に難しさを感じていました。さらに、最重度知的障がい者の生活棟を見学したとき、人間の価値や存在意義についても深く考えさせられるようになっていきました。最重度の障害を持つ彼らの「生きる」とは何か。「価値とは何か」。そんなことが頭の中でぐるぐる回り悩む日々でした。「その答えが自分で見つからない出ない限り、事業所を立ち上げれない」と漠然と思っていました。そんな時期にあるベテラン職員の方が「月一で発達や人権の学習会をしよう」と声をかけてくれました。その方は言います「利用者やその家族にとっては常勤も非常勤も関係ないから、非常勤の人も同じように学習せなあかん」「学習すればするほど利用者のことがもっと理解できて愛おしくなる。そしてこの仕事がもっと楽しくなるよ」「でもひとりで学習したらあかん。みんなでせんとチーム力があがらへん」と。その職員が非常勤職員に対し、月一の学習会の中で、日本の障害福祉を切り開いた第一人者であり「障害福祉の父」とも言われる糸賀一雄氏の思想を引用しながら、さまざまなことを教えてくれました。中でも、もっとも胸を打たれたのが「この子らを世の光に」という言葉です。(重度)障がい者のことを考えるとき「この子らに世の光を」という言い方になるかもしれませんが、これは何かをしてあげる、上から施すという気持ちがあるからこその表現。そうではなく、彼らの存在自体が認められる社会、それが誰もが認められる社会に繋がる。物質価値や能力価値以上に人間が大切にされる「人間価値」の社会が本当の成熟した社会なんだと。「この子らを世の光に」という言葉の意味を知ったとき、自分の中のずっと悩んでいた数々の疑問がストンと腑に落ち、心にどんよりと浮かんでいた雲がすーっと消えてなくなりました。その学習会で福祉従事者として忘れてはならない倫理観・福祉観・人間観を教えていただき、今でも「ぬくもり」精神として、大切にしています。

 

優しさとあたたかさにあふれる「ぬくもり」

 

編集部:そこからヘルパー派遣、デイサービスへ、今では市内で7つの事業を展開。大人だけではなく、子どもたちも利用されていますよね。

 

鬼頭氏:はい、4年ほど施設で勤めた後に、「NPO法人ぬくもり」を立ち上げました。今振り返ると、最初にはじめたヘルパー派遣以来、「放課後行く場所がない」「医療的なケアの必要な重度な障害のため通える場所がない」「事業所のネットワークがない」などその時その時の目の前のニーズに応えるように事業や活動を立ち上げてきました。

 

編集部:子どもたちが育つと、大人の施設に移行できると安心ですよね。

 

鬼頭氏:それもご本人の人生の選択肢のひとつにできたらと。行き場所がなければつくるけど、選ぶのは成長したご本人です。18歳までにいろんな経験をもって、自分の意思を表出できるようにと思っています。何がイエスでノーか、どんな重度であったとしても必ず言葉は心にもっています。障がいを持たれていても、流されるままの人生ではなく、周りに決められない大人になる。そういう支援を「ぬくもり」は目指しています。

 

編集部:現在、理事長という立場で目指されているのものは?

 

鬼頭氏:「障がい児者」という対象から「いきづらさを抱える人」という対象へ活動範囲を拡げ、法人理念でもある「誰もが自分らしく生きられるぬくもりある社会」に向けてひとつひとつアクションをしていきたいと思っています。

 

編集部:次は河内長野市内でカフェ事業を展開すると聞きましたが。

 

鬼頭氏:はい、あくまで予定ですが、地域の交流拠点というような場所を考えたいな、と。クオリティにもこだわったすてきなカフェがあって、蓋をあけると障がいを持たれる方が働いていたり、特技を持った高齢者の方が指導してくれていたり、不登校の子たちにとって居場所だったり。みんながそれぞれの得意分野を持ち寄って、共に生きるまちの支点を探し、仕組みを創っていく。僕たちが手掛けるカフェがそうなったらいいな。新しい価値観をつくっていきたいです。

 

鬼頭大助氏

河内長野市在住。社会福祉法人・NPO法人ぬくもり理事長。2000年「旅のボランティアグループぬくもり」立ち上げ、2002年に「外出支援会ぬくもり」を設立。2006年に「特定非営利活動法人ぬくもり」を設立し、代表理事に就任。栄町センター・石仏センターを拠点にした市内に7施設を展開し、2017年に「社会福祉法人ぬくもり」理事長に就任する。2018年に河内長野市内で地域交流を目的としたカフェを運営予定。